カツチャレのののブログ

カツ活になりながらも日々ゆるくチャレンジしていく日常を描いていきます。

他人の評価は過去の点数ぐらいの価値しかない

おはようございます。ののです。

 

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最近は秋になって、朝方寒くなりました。

ふとんをかけずに寝ると風邪を引いてしまいます。

皆さんもご注意くださいね(*'▽'*)

 

今日のテーマですが、

他人の評価は現在の自分の採点ではない。今を生きている自分はいつからでも変われる。

ということについてです。

 

他人の評価の価値

昨日はキングオブコントがありました。

私は見てませんが、競い合いながら面白いものを作るという内容には心をうたれます。

表彰レースを番組としてやってもペイができると判断しているのは、切磋琢磨したクオリティの高いコントにストーリーをもたせたら視聴率が取れると判断したからなんでしょうね。

芸人さんは常日頃から他人の評価を受けながら仕事をしています。

これは会社員でも同じです。

毎日誰かの評価を受けながら仕事をしています。

実力主義なんて言葉遊びが流行っていますが、ある程度の規模になると実力主義ではなく、実力がありそうなやつを実力があるとする主義なんだろうなと思います。

実力があるかどうかではなく、実力がありそうだと思われたら勝ちということ。

でも、ある程度の規模になると、この判断ってまずは学歴でされています。

実力なんてもんは、やってみてはじめてこいつにはできる能力があるとわかるんであって、やってみれないと能力なんていくらあっても意味がありません。

そういう人は自分で起業でもしてやったら良いと思いますが、こういう会社では、チャンスを与えもしないのに、能力が低いからなんだというのです。

それが評価の本質なんだろうと思います。

 

また、評価とは、あくまでも現時点までの評価であること。

評価者の個人的な感想なだけであること。

 

これを理解していないと

目の前の評価者は何があっても自分を評価しないのに、自分の能力が低いと真に受けてあらゆる勉強をしてみたりします。

でもそれでは評価が高くはならないし、自分の能力が低いと思ったまま。

 

やってみないことには・・・

やってみての評価なら変えられます。

でもやってもない評価は変えられません。

 

私はできない人はいないと思っています。

できない理由はやる気がないか、ちゃんと教わってないかのどちらかです。

 

日本は評価者から見切りをつけることはあっても、評価される側から見切りをつける話はあまり聞きません。

本当はあっても良いはずなのに。

 

長年の低評価から自分の能力を低く見積もる人が増えました。

私がみてる限りでは、一回やってみたらよいのになぁと思います。

もちろん、起業みたいなリスクがあると思われる内容じゃなくて、会社のちょっとした仕組みの改善とかを提案してみるとかです。

そこに自分の行動を付加してみるのです。

 

例えば、エクセルの仕事なんてはっきりいって同じ作業の繰り返しです。

入力するデータが異なるだけです。

だったらVBAを勉強して、自動化してみてはいかがでしょうか?

こういうちょっとした作業を自動化する会社はあまりありません。

ゼロではないぐらいかなとかってに思ってます。

こいつに頼んだらなんかすごい早く終わる。

しかも完璧だとなれば、きっと仕事が回ってくると思います。

自分で打つことを是とする会社もありますから、入力部分とチェック部分を分けてみるとかすればよいです。

 

提案するときに、自分で考えた(*'▽'*)みたいなノリでいくとダメです。

非難する人に非難させる糸口を見つけてはダメです。

 

リーダー的な人にこれ作ってみたんですが使って意見聞かせてもらえませんか:(;゙゚'ω゚'):とか言って、最初は一緒に評価を受ける形にします。

それがたくさん集まって、人も変われば、こいついっつも名前があがるなとなるはず。

 

こういう行動を続けたら、今の評価は変わると思います。

この時にはどこでもやっていける自信がついてると思いますし。